2013年10月02日

【ロッテ】薮田安彦投手が引退

薮田安彦投手が引退会見を開きました。今シーズンはイースタンリーグでの登板がほとんどなく、もしかしたらと予感はありましたが、引退が現実になると流石にさみしですね。

もし、彼がボビー・バレンタインとの出会いがなければ今頃どうなっていたのでしょうか。とっくの昔に戦力外通告されていたでしょうね。それぐらい、先発時代の薮田投手はふがいないピッチングを続けていました。それが、ブルペンに配属され中継ぎ登板するとまるで別人。ピンチにも動じず、常に強気のピッチング。威力のあるストレートとフォークボールで最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得。メジャーリーグに挑戦しました。帰国後は「薮田心中」と評されるスリル満点のクローザーで、チームの勝利に貢献しました。本当に、お疲れ様でした。

薮田投手コメント(千葉ロッテマリーンズ公式)
「今シーズン限りで現役を引退することを決めました。 肩の状態が悪く、100%の状態に戻るのが難しいと思ったので引退を決意しました。 去年の途中から少しずつ痛みを感じ始め、何とか投げることは出来ていたのですが、今年に入ってからは痛みが我慢できないくらいの状態でした。18年間プレーして、最高の思い出が出来たと思いますし、最高のチームメートに出会えて、本当に幸せな野球人生だったと思います。 マリーンズには、アメリカに行く時もバックアップしていただきましたし、帰ってくる時にも一番に声をかけていただいたということで感謝の気持ちでいっぱいです。マリーンズファンは日本一のファンだと思っています。 辛い時や苦しい時に暖かい声をかけていただき、それがなければここまで長くプレーできなかったと思います。 アメリカから帰ってきた時も暖かく迎えていただき、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。」




一番印象深いのは、1998年7月8日のグリーンスタジアム神戸で行われたオリックスーロッテ戦。この試合の先発投手が薮田投手でした。7月7日の試合を勤務先で見て「東京にいる場合じゃない」と決意し、夜勤明けで神戸に乗り込みレフトスタンドで感染したんですよね。

試合前、外野でランニングをする薮田投手に向かって応援団やファンが「薮田頼むぞ」「薮田さん頑張って」と声援を送り、すごくいい雰囲気だったんです。今日で連敗を止めるんだとひとつになった。しかし、薮田投手はいつものようにチキンなピッチングで早々にノックアウト。

「薮田だもんな」

そこにいた誰もがそう思った。

なので、リリーフに回ってからの強気な薮田投手がまるで別人のようで、ものすごく驚いたのです。人間、変われば変わるものだなぁ。こういうことがあるからロッテは面白い。

これからの人生。期待していますよ。薮田さん。
posted by 雷庵博人 at 14:04| Comment(4) | TrackBack(0) | 千葉ロッテマリーンズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>1998年7月8日のグリーンスタジアム神戸で行われたオリックスーロッテ戦
連敗が止まった翌日…黒木小宮山のあとは薮田さん武藤さん園川さんあたりでしたねえw適材適所・先発向き・抑え向きってあるんだなと強く思わされた御方でした。
Posted by ふうけもん at 2013年10月06日 21:13
>>ふうけもんさん
中継ぎに回ってからは、別人になりましたよね。昨日の引退セレモニーでもボビーへの感謝を述べていました。
Posted by 雷庵博人 at 2013年10月07日 11:52
今は亡き大阪の近鉄ファンの集まる飲み屋で「なぁロッテファンのお嬢ちゃん(あのハイレベルなファン集団の中では自分ごときは子供扱いw)、ロッテに薮田いう選手おるやろ?…よぅリトルの時から見ててな、『絶対プロ行く!』思うとったわ〜…お嬢ちゃん、薮田、応援したってや〜」と言われました。そも藤井寺で96年、初完封試合も観戦しました。あの時は初っちゃんが三塁打打ったっけ。
薮田、好きでした。気の優しそうな、あんまりピッチャー向きでなさそうな雰囲気でしたが、見事な野球人生だったのではないでしょうか?
小野晋吾投手も引退、あの18連敗の苦悩を知る選手も少なくなっていくのですね。お疲れさまでした!そして有難う!
みの拝
Posted by みの at 2013年10月14日 18:45
>>みのさん
薮田投手。中継ぎに回って「人が変わり」ましたよね。化けたというべきか。
Posted by 雷庵博人 at 2013年10月14日 21:42
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