2013年09月22日

【ロッテ】小野晋吾投手引退

長年マリーンズで活躍した小野晋吾投手が引退会見を行いました。「サンデー晋吾」として頭角を現し、先発に中継ぎに大車輪の活躍。「困った時の小野晋吾」チームに欠かすことのできない存在でした。人柄も良く真面目に野球に取り組む姿は、若手の良き見本になりました。

お疲れ様でした。ありがとうございました。

9月20日(金)、QVCマリンフィールドにて小野投手が引退記者会見を行いました。
「チームの大事な時期にこういう発表はどうかとは思ったのですが、今シーズン限りでユニフォームを脱ぐ決断をしましたので、皆様にご報告させていただきます。まだシーズンは終わっていないですし、自分自身チームの戦力になりたいと思って今もやっています。シーズンが終わるまではチームの一員として最後までやっていきたいと思っています。

ここまでチームの戦力になれていなかったということが引退を決意した一番の理由です。この千葉ロッテの背番号"29"を背負わせていただいて1軍でプレーできていないということに責任を感じていました。また、身体の面では20年以上肩の痛みというか、肩づくりの面で毎年すごく時間がかかり、今も肩に違和感を抱えながらやっていました。来年も肩づくりをできるのかなと考えた時に、しんどいかなというのもあったので、これが引退を決意した理由です。

特にマリーンズファンの後押しというのは非常に力になりました。僕がチームに入ってから、弱かった時も熱い応援をしてくれましたし、それが優勝を機にもっと大きなものになってくれました。特にうちのチームはファンの応援のおかげで強くなれたチームだと、20年やってきてそう感じたので、マリーンズファンには感謝しています。QVCマリンで投げることは自分にとってすごい喜びでしたし、マリーンズファンの中で投げられたことは自分の誇りです。」
「ロッテの背番号29」かつては村田兆治さんが背負ったナンバー。その重圧たるや、さぞかし大変でしたでしょう。そして肩が言う事をきかない。ベテラン選手に付き物の「体の衰え」。気力、体力とも充実することはもう無いでしょう。今が潮時、見事な引き際です。本当にお疲れ様でした。

日曜9連勝で「サンデー晋吾」/小野略歴(日刊スポーツ)





【ロッテ】小野プロ20年「誇り」一問一答(日刊スポーツ)
−決めたのはいつ

 小野 上のチームが苦しい時、ファームの試合で、ここをしっかり投げられれば上でも貢献できるんじゃないかという試合が7月にあったんです。そこで初回に9失点して。今まではそういう試合で結果を残せていたのに、これが今の力なのかなという感じがしました。

−背番号29について

 小野 つけた当初は、本当に大変な番号を背負ってしまったなと思って。これは1軍にいないといけない背番号だと思うんです。それがここまで1軍にいないというのは、そういうことなのかなと思いましたし、引退を決める1つの要因になりました。

−ロッテ一筋20年

 小野 ここまでプロ野球選手としてやれると思ってませんでしたし、誇りに思っていいのかなと思います。2度の日本一を経験することができましたし、特に05年の(プレーオフで)優勝を決めた福岡ドームの試合。あれ以上の喜びはまだ感じたことがありません。

−一番印象に残る対戦は

 小野 初勝利した試合(99年、対日本ハム)の初回1死満塁の場面で、ワンスリーから田中幸雄さんに投げた1球です。無我夢中で投げたスライダーで、ボール球だったと思うんですけどゲッツーが取れた。あれが四球にになっていたら初勝利もなかっただろうし、今と全然違っていたと思います。

−日曜9連勝で「サンデー晋吾」と呼ばれて

 小野 日曜日はデーゲームでお客さんも多いですし、そこで名前を覚えてもらえたのがうれしかった。毎試合、野球をやらせてもらえる喜びを感じて投げていました。

−ファンに向けて

 小野 僕がこのチームに入ってから、低迷期というか、弱い時期にも熱い声援をいただいて、優勝を機にそれがもっと大きくなっていって。特にうちのチームはファンのおかげで大きくなったチームだと、20年やってきて感じています。感謝していますし、マリーンズファンの前で投げられたことは自分の誇りです。

−家族の支えについて

 小野 息子と娘がいるんですけど、その2人が、僕が野球をしている姿が分かるまではやりたいと思っていました。もう中1と小4で、十分分かる年です。特に娘が、僕より詳しいんじゃないかと思うくらい野球が大好きで、ファームにいる間も毎晩一緒に野球を見ながら、野球の話ができたことがうれしかった。本当に、家族に支えられてきました。

−20年間を振り返って

 小野 プロに入る時、自信がないからと言ってプロ入りを拒否したことがありまして。スカウトの方に、自信はプロでつけられると言われて決断したんですが、3〜4年目までは本当に1軍でやれるなんて思っていなかった。練習で追い込むことで自分を信じられるようになった。ここまでやってこられて、悔いはありません。

−誇れるものは

 小野 速い球を投げるとか、特別特徴のある投手ではありませんでしたけど、けん制であったり、9番目の野手としてのフィールディングであったり、投手としての総合力は皆さんに見てもらえたのではと思います。

−今後について

 小野 まだシーズンも終わってませんし、とにかく今はまだ、チームに貢献したいという気持ちしかないです。シーズンが終わってから、考えればいいと思っています。
 −誇れるものは

 小野 速い球を投げるとか、特別特徴のある投手ではありませんでしたけど、けん制であったり、9番目の野手としてのフィールディングであったり、投手としての総合力は皆さんに見てもらえたのではと思います。

これが小野投手の長所。けん制、フィールディング、クイック。こういう技をきっちり身につけたからこそ、20年プロ野球でやってこれた要因でしょう。そして丁寧に低め、内外に投げ分けていました。辛抱強さ、粘りのマウンドでした。

これからは指導者として、活躍してくれるものだと思います。これからの人生に幸多かれと、願わずにはいられません。
posted by 雷庵博人 at 13:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 千葉ロッテマリーンズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
2010年日本シリーズで、投球練習中に大暴投。「うおっ!?大丈夫か小野さん!?」と思ったらピシャリ抑えてくれたのが個人的に印象に残っています。あと先発でやってた頃のヒーローインタビュー「変化球でかわすんじゃなく、変化球を投げこむ気持ちで行きました」てのもあったなと。

この発表のタイミングは何となく初芝氏の引退を思い出します。あの時のように引退を延ばして頂きたいですね。
Posted by ふうけもん at 2013年09月22日 20:54
>>ふうけもんさん
>>「変化球でかわすんじゃなく、変化球を投げこむ気持ちで行きました」
ジョニーも同じことを言っていましたね。「変化球で逃げるんじゃなく、変化球で攻めるんだ」。そういうイズムが脈々と続いているのですね、ロッテ投手陣に。

>>この発表のタイミングは何となく初芝氏の引退を思い出します。あの時のように引退を延ばして頂きたいですね。
まさしく!
Posted by 雷庵博人 at 2013年09月23日 21:22
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