2013年02月05日

「開かれた,海の恵み――日本外交の新たな5原則――」より。スワルティさんのエピソード

2013年2月5日に放送された、文化放送「くにまるジャパン」。コメンテーターの吉崎達彦さんが、開かれた,海の恵み――日本外交の新たな5原則――を紹介されていた。これは本来2013年1月18日にジャカルタで行う予定だったスピーチだったが、アルジェリアでの邦人拘束事案について安倍首相が直接指揮をとるため,予定を早めて帰国することとなったことにより,行われなかったものである。

つまりお蔵入りしてしまったスピーチなのだ。

そのスピーチを吉崎さんは番組で紹介したのだ。安倍内閣の外交戦略を理解する上で非常に重要な内容と取り上げたのだが、中で安倍首相が日本とインドネシアの両国の友好と結びつきを強調する上で、EPAで日本に来たひとりのインドネシア人看護師のエピソードを取り上げたのだ。



「開かれた,海の恵み――日本外交の新たな5原則――」より引用
すでにみなさん,インドネシアの人々は,日本人にたくさんの自信と,勇気を与えてくれました。そのおひとりが,この場にいないのはとても残念に思えます。

 インドネシアと日本が結んだEPAは,多くの看護師を日本へ送りました。日本の資格を取ろうとする人も少なくありません。

 それには,難しい試験を突破する必要があります。

 2011年の資格試験は,地震が起きた直後に,結果発表の日を迎えました。難関を突破したおひとりが,兵庫県の病院で働くインドネシア人の女性,スワルティさんでした。

 合格発表を受け,病院でスワルティさんが記者会見をしていたときです。喜びの顔が突然くもり,彼女はこう言い始めました。

 「福島県で,宮城県でも,津波がきました」

 声を詰まらせたスワルティさんは,病院の医師に向き直り,涙で声を震わせながら言ったのです。

 「私もできれば行かせてください,先生。みなを手伝いたい。お願いします」。

 スワルティさんは,被災地の,避難所へ入りました。家屋の半分が流され,500人以上の人が命を落とした町の避難所です。そこで,彼女は不思議な能力を発揮します。

 ショックのせいで泣いてばかりの少女が,スワルティさんと話し始めると笑顔になりました。年老いた女性が,まるで孫に接するように,彼女にほほえみをみせました。不自由な避難所で,そんな光景が生まれました。

 「大丈夫です。これからみなさん,ピカピカの未来がくるので,一緒にがんばりましょう」

 避難所を去るときの,それが,スワルティさんのあいさつでした。
 このスピーチを聞いたインドネシアの方々は、どれほどスワルティさんを誇らしく思い、そしてこのエピソードをスピーチする安倍首相に親しみを感じただろか。

確かに、このスピーチがお蔵入りするのはもったいない。紹介してくださった、くにまるジャパン及び、吉崎達彦さんに感謝いたします。
posted by 雷庵博人 at 09:42| Comment(2) | TrackBack(0) | 時事ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
よい話をありがとうございます。泣きました。

同じ島国で、津波被害に遭って…

>>「大丈夫です。これからみなさん,ピカピカの未来がくるので,一緒にがんばりましょう」

そうですよね。インドネシアとは一緒に頑張っていきたいですね。
Posted by 中林20系 at 2013年02月05日 19:41
>>中林20系さん
こちらこそ、ありがとうございます。たまたま休みで自宅で「くにまるワイド」を拝聴していたら、吉崎達彦さんがこの話をされていました。

ラジオだと放送が終わったら、形に残らないので慌てて文章化しました。私としてもこのエピソードは多くの方に伝えたいと思います。

>>インドネシアとは一緒に頑張っていきたいですね
仰る通りです。
Posted by 雷庵博人 at 2013年02月06日 10:46
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